藤川球児 こぼれ話
少年野球チーム「小高坂ホワイトウルフ」時代は遊撃手だったが、監督が投手に転向させる。

兄の順一氏が四国アイランドリーグ・高知ファイティングドッグスゼネラルマネージャーに就任。

幼いうちは柔らかいゴムボールを投げてトレーニングをしていた。これによって指先の感覚を養ったという。藤川自身は怪我の心配がないため少年球児にこの方法を薦めている。

中学時代、地元高知市の鏡川に転落した男性の救助活動をしたことで仲間3人とともに感謝状を受けた。このことは日本テレビの『九死に一生スペシャル』で取り上げられた。

2005年のオープン戦(高知市野球場)で応援に来ていた自分の子供が迷子になり、試合中にアナウンスされアイシング(疲労した肩を冷やす手当て)中に迎えに行ったことがある。

藤川本人は、中継ぎが出来なくなったらいずれ先発に転向して沢村賞を取りたいと言っている。また、2006年シーズン後半は抑え投手を務めたが、本人は抑えよりも中継ぎを本当はやりたいと語っていた。

2005年のオフシーズンに故郷の高知で血液の病気でドナーを捜している野球少年を知ったことがきっかけで、2007年、骨髄バンクにドナー登録した。その際、それまでA型と思っていた自身の血液型が実際はO型であることが判明した。

テーマソングのリンドバーグの『every little thing every precious thing』についてサンテレビ野球解説者の中田良弘は「(他の選手がアップテンポな曲を使用する中)藤川投手はかわいらしい曲を選びますね」とコメントした。

顔が元プロバスケットボール選手、萩原美樹子コーチに似ている、といわれている。

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